8月があっという間に終わる人へ — 夏の31日を長くする方法


8月があっという間に終わる、と毎年思う。7月のうちは「今年の夏は長く過ごしたい」と思っているのに、気づけばお盆が過ぎ、最終週には「もう終わりか」とつぶやいている。その「あっという間」がどこから来るのかを調べたうえで、この1ヶ月、自分の生活で試したことを、効いたものも逆効果だったものも並べておく。

子どもの夏休みは長かったのに、大人の8月は溶ける

子どもの頃の夏休みは、なぜあんなに長かったのか。よく引かれるのは比率の説明だ。10歳の1年は人生の1割、40歳なら40分の1。ジャネーの法則と呼ばれる考え方で、これは以前別の記事で詳しく書いた。ただ、この説明だけだと「なぜ夏休みだけ特別に長かったのか」までは届かない。同じ大人の1年の中でも、8月だけが目立って速く溶ける理由は、年齢の比率では説明できない。

手がかりは、時間の感じ方がひとつではないことにある。

時計は2つある — その場の時間と、振り返りの時間

旅行の最中は一瞬なのに、帰ってから振り返ると妙に長い。この現象は、Claudia Hammond が著書 Time Warped(2012)で「休暇のパラドックス」と名づけたものだ。その場の体感は、いま時間へどれだけ注意が向いているかに引っぱられる。あとからの体感は、その期間に記憶の印がいくつ残ったかに引っぱられる。この印の数を、ここでは記憶の密度と呼ぶ。同じ3日間に、逆向きに動く時計が2つ入っている。

ひとつ補助線を引いておく。ただし先に断っておくと、これは文献にある区別ではなく、あとで書く1ヶ月の実験の勝ち負けから逆算して引いた自分の線だ。研究の側には、進行中の時間を見積もる体感と終わってから振り返る体感を分ける区別(prospective / retrospective timing)があり、注意配分に関する部分では、時間そのものへ注意が向くほどその場の体感は伸びることが知られている(Coull 2004)。最初は「残り時間を測る注意は伸びない」と一括りに線を引きかけたが、それだと電子レンジの残り30秒に足をすくわれる。あの30秒は残量を測っているのに痛いほど伸びるし、なかなか煮えない鍋を見つめる時間も同じだ。共通するのは手持ち無沙汰で、注意の行き先が時間しかないこと。伸びないのは、作業や会話のさなかに「あと何分」を確かめる割り込み、活動に割り込む残量チェックのほうだった。

「8月があっという間だった」という感覚は、ほぼ振り返りの時計の問題だ。振り返ったときに、思い出せる印が少ない。その場の時計の側では、見慣れない刺激ほど長く知覚される oddball 効果が知られているが、月単位の「あっという間」はそちらの話ではない。効いているのは記憶の側だ。振り返りの長さは、残った記憶の量で決まるという説と、場面や活動の切り替わりの数で決まるという説が並立している(Ornstein 1969; Block & Reed 1978)。どちらの読みでも向きは同じで、印の多い期間ほど振り返りは長い。子どもの夏が長かったのは、初めてだらけで印の数が多かったからだと考えると筋が通る。大人の8月は去年の8月とだいたい同じ形をしているから、書き込まれる印が少なく、振り返ると一瞬になる。

これが「なぜ8月だけ」の答えの候補になりそうだと思っている。子ども時代の8月には、初めてだらけの夏休みが丸ごと入っていた。1年でいちばん印の密度が高い月で、その濃さが「8月はこれくらい長いはず」という基準として記憶に残っている。大人の8月は、無意識のうちにその基準と比べられる。3月や11月には、比べる相手になるほど濃い子ども時代の3月や11月がないから、落差が目立たない。8月が特別に速いわけではなく、8月だけ「長さの正解」を知っているから、短さが露呈するのだと思っている。

理屈の上では「印を増やせば8月は長くなる」となる。ただ、それを「予定を盛る」と読み替えると失敗する。

1ヶ月、自分で実験した — 効いたものと逆効果だったもの

結果は、勝ちと負けがはっきり分かれた。

時計を視界から外した半日は、その場の流れがゆるんで感じられた。細切れに測られない時間は、続きものとして流れるらしい。やったことは単純で、作業まわりから時計とタイマーを見えない場所へ移しただけだ。残り時間の表示が目に入るたび、注意は締切までの距離に持っていかれ、いまやっている中身から抜ける。8月に持ち込むなら、夏の残り日数のカウントダウンをやめることがこれに当たる。「あと何日」が目に入る場面を、ひとつ減らすだけでいい。

時計を消した半日は、振り返っても長めに残った気がした。ただしこれは自分の感触で、文献の裏付けは無い。

寝る前に「今日いちばん予想外だったこと」を一行だけ書く。これも効いた。面白かったのは、書く前の日中にすでに効き始めていたことだ。続けるうちに、「あとで書くこと」を探す姿勢が先に育った。記録するつもりが、観測する側の目が変わった。その場で注意を向けて拾ったものだけが記憶に書き込まれ、振り返りの印になる。たぶんこれが、2つの時計をつなぐ経路だ。

スマホを伏せて、ただ座る。何もしない2分。最初の30秒で手が動きたくてうずうずして、その落ち着かなさで時間がやけに長い。レンジの前の30秒と同じ力学が、椅子の上で起きる。退屈は時間の敵ではなく、伸ばす側だった。この2分そのものが振り返りの印になった実感は薄い。ただ、注意をいまに戻す練習として効いていた気はする。

負けた実験もある。刺激を盛ることだった。「印を増やす」を素直に読み替えて、予定を詰めた週を作ってみた。こなした記憶はあるのに、振り返ると何をしていたかが出てこない。印が立っていない。処理に追われて余白が消え、振り返る前に次が来ていた。翌週は逆に夜の予定をゼロにして、帰り道を一本変えるくらいの小さな逸脱だけ残した。こちらは振り返りに残った。足すより削るほうが伸びる、はその後も同じ向きで再現した。8月でやるなら、予定は盛らず、1日ひとつの小さな予定外に留める。帰り道を変える、いつも選ばない方を選ぶ。特別な体験を狙わなくても、予定から外れた小さな行動が、振り返ったときの目印になる。

数えることも続けてみた。週の終わりに「今週初めてやったこと」を思い出して数える。数えただけだが、初めてが多かった週は振り返りが長く、少なかった週は一瞬で、数と体感の長さは連動しているように見えた。ここで言う「初めて」は、帰り道を一本変えた、初めての店に入った、という小ささで十分だった。この週末の数えなおしは、他の実験が振り返りの時計に効いたかどうかを確かめる審判役でもある。

ひとつだけ、まだ試せていない。8月は入道雲、夕立、星、花火と、仰ぐだけで畏怖(awe)に触れられる素材が多い月だ。畏怖の感情が時間の余裕感を広げることは、Rudd らの2012年の研究(Psychological Science)で示されている。31日のどこかで、空を仰ぐことも試す。体感時間を伸ばす6つのレバーの全体像は以前の記事にまとめてある。今回の1ヶ月は、その中の「記憶密度」と「時間への注意」を、生活の解像度で確かめ直した月だった。

ひと月やってみて、効いた操作はどれも同じ向きを指していた。時間を測るのをやめて、予想外に気づく回数を増やす。寝る前の一行は、印を数えるためというより、翌日の目の向きを変えるために続ける。道具は要らない。強いて言えば、一行日記のためのメモ帳だけだ。

時間を、ゆっくりに。 — longdrift

一次資料

  • Claudia Hammond, Time Warped: Unlocking the Mysteries of Time Perception(2012。「休暇のパラドックス」の出典。Internet Archive の所蔵ページ) https://archive.org/details/timewarpedunlock0000hamm
  • Coull, Vidal, Nazarian & Macar, Functional anatomy of the attentional modulation of time estimation — Science(2004。時間そのものへ注意が向くほどその場の体感が伸びることの出典) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15001776/
  • Ornstein, On the Experience of Time(1969。残った記憶が多い期間ほど振り返りが長く見積もられるという説の出典。Internet Archive の所蔵ページ) https://archive.org/details/onexperienceofti00orns
  • Block & Reed, Remembered Duration: Evidence for a Contextual-Change Hypothesis — Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory(1978。場面や活動の切り替わりの数が振り返りの長さを決めるという説の出典) https://www.montana.edu/rblock/documents/papers/BlockReed1978.pdf
  • Block & Zakay, Prospective and retrospective duration judgments: A meta-analytic review — Psychonomic Bulletin & Review(1997。時間への注意が振り返りの長さに通常はほとんど効かないことの出典。注記:本文の「時計を消した半日は振り返っても長めに残った」という感触の裏付けにはならない。振り返りの見積もりと実時間の比は、時計を外さなかった実験で 0.76、外した実験で 0.86 だが、論文は両者を「同等(comparable)」と記述している。退屈が続く場合に時間への注意が振り返りにも効きうるという例外条件〔temporal motive、Doob 1971〕も、著者らの検定では支持されなかった) https://www.montana.edu/rblock/documents/papers/BlockZakay1997.pdf
  • Rudd, Vohs & Aaker, Awe expands people’s perception of time, alters decision making, and enhances well-being — Psychological Science(2012。畏怖が時間の余裕感を広げることの出典) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22886132/

関連書籍

  • 時間は存在しない — 物理学から見た時間の正体。「時間が流れる」という感覚そのものを、いちばん遠くから相対化してくれる。
  • 時間と自己 — 精神病理学から時間の感じ方を掘る古典。振り返りの時間が「自分」の感覚と結びついていることが分かる。

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